発生神経科学は、初期胚の段階から成人期に至るまでの神経系が形成される過程を研究するための学問です。神経前駆細胞は増殖、分化、遊走、成熟という一連の流れをたどることは知られていますが、その進行を制御するメカニズムは完全には明らかになっていません。発生研究は複雑な構造がどのように作られていくのかを解明するだけではなく、発達障害の診断と治療にも貢献します。組織傷害後の回復プロセスは発生過程に類似しているため、発生神経学研究を行うことで神経系の再生メカニズムの解明にもつながる可能性があります。
このビデオでは、発生神経学分野の概要を解説しています。初期の神経組織形成を調べた研究から細胞がニューロンの各組織へと変化していくメカニズムの研究に至るまで簡単な歴史を学ぶことができます。その後は、発生神経学研究の主な研究内容とそれを進めるために利用される研究ツールをトピックとし、最後に今日の発生神経研究例を紹介しています。生きた胎児の脳に遺伝子操作を加える実験や神経幹細胞の分化の実験、またニューロン間のネットワーク形成において染色を利用した定量実験などをご覧いただけます。
発生神経生物学は、どのように初期胚細胞から複雑な神経系が形成され、生体全体を制御しているのかを研究するための学問です。
この分野では、細胞がどのように特異性を獲得し特定の領域へと遊走するのか、さらにその後のネットワーク形成を明らかにする研究が成されています。これらの研究は、神経系の機能を解明することに加え、発達異常に起因する様々な神経疾患の診断と治療へと貢献しています。
このビデオでは、発生神経学研究の簡単な歴史と鍵となる研究内容、また多くの疑問を解決するための研究ツールを紹介していきます。そして最後に、今日の発生神経学研究を実際にご覧になれます。
それでは早速発生神経学研究の歴史を振り返ってみましょう。
発生神経学研究の始まりは19世紀に遡ります。1880年代、Wilhelm Hisは、組織は胚から分化するとし、組織形成の研究を確立しました。発達中のニューロンが軸索や樹状突起を伸ばしていくのを発見したうちの一人でもあります。
1924年、発生学者のHans Spemann、 Hilde Mangoldの二人はSpemann organizerと呼ばれる細胞群の機能を研究しました。形成体を他の胚に移植すると2つめの神経組織が形成されることを確認しました。
1950年代、Rita Levi-Montalcini 、Stanley Cohenにより腫瘍をニワトリ胚に移植すると神経成長が早まることが発見されます。このことから二人は、腫瘍が成長を促進する物質を分泌するという仮説を立て、その後すぐにニューロンの生存に不可欠な神経成長因子NGFを同定しました。
その他にもNicole Le Douarinによりニワトリとウズラの胚の一部を置き換える移植実験が実施されます。発生中のウズラの細胞を追跡すると、遊走性の高い神経堤細胞が末梢神経を成長させることが確認できたのです。
その数年後、Pasko Rakicは中枢神経系の細胞がどうやって目的の構造を形成していくのか研究しました。発達中の胎仔を用いて、分裂中の細胞を放射性ヌクレオチドで標識し、脳細胞ができる時期、そしてどの脳部位が終点となるのか特定しました。
20世紀後半になると研究は新たな局面へと突入し、神経系発達を誘導する細胞および分子のシグナリングに焦点が当てられます。
90年代半ばには、Tom Jessellによりある転写因子つまり遺伝子発現を制御するタンパク質が発生中のマウス脊髄の特定のサブタイプに影響することが確認されました。これに続き現在もなお、神経発生を制御する新しい遺伝子の特定が試みられています。
神経発生学研究の歴史を学んだところで、今日の鍵となる研究内容を見てみましょう。
神経系細胞の形成パターンや運命を理解するために多くの研究が試みられています。例えば、幹細胞がニューロン又は神経系をサポートするグリア細胞へと分化する遺伝的プログラミングが研究されています。また、特定の細胞への分化を誘導する因子や特定の場所で働く因子のシグナルについても研究されています。
さらに、発生中のニューロンやグリア細胞がどのように自らを体系化し神経系を完成させていくのか調査が進められています。他にも、細胞が目的の場所へと遊走するときの細胞骨格の動きや細胞外環境からのシグナルが遊走に与える影響について研究されています。
そして、発生段階において細胞同士がどのように連結しそれを強めていくのか、 また、軸索ガイダンスを行う受容体についても興味が示されています。この受容体は外部からの刺激を検出でき、軸索や樹状突起を目的の細胞の方へと誘導する細胞表面のタンパク質です。その他にも、シナプス新生に関わる研究が行われています。シナプス新生は神経間で新しい伝達ネットワークをつくるために重要になります。
ここからはこれら鍵となる研究を進めるために利用される実験方法を紹介していきます。
細胞の個性や神経系のパターン形成の仕組みを明らかにするために、発生胚の特定の遺伝子発現を操作する方法が用いられます。最もよく利用されるのは子宮内エレクトロポレーション法です。これにより発生中の齧歯類の脳内に外来DNAを導入することができます。麻酔をかけた状態で妊娠マウスの子宮にDNAを注入し電流を流すことで、DNAを胎仔の脳細胞に導入できます。実験によって、遺伝子発現を促進または抑制することができ、どのタンパク質が脳の発達に影響を与えているのか調べることができます。
中枢神経系の細胞を外植することで発生中の細胞遊走の研究を行うことができます。この実験では脳又は脊髄から組織片を切り出しそれを培養します。このテクニックの大きな利点は、細胞移動をタイムラプスイメージングにより記録できることです。それに加えて、成長因子や阻害剤を培地に加える事で、遊走に関わる分子を簡単に特定することができます。
神経回路網の形成に必須となる分子を調べるために免疫組織化学が用いられます。これは抗体の特異性を利用して細胞および組織の特定タンパク質を標識するテクニックです。蛍光顕微鏡で観察することでタンパク質の局在を確認でき、それらがシナプスの形成や機能に与える影響を評価することができます。
神経発生研究の実験方法の次は、実際に今日の研究例を見ていきましょう。
神経発生学研究の目的は、どのように細胞の個性と形態が決定されるのかを突き止めることです。神経発生に関わる遺伝子を制御するために、エレクトロポレーション法を利用します。これにより遺伝子をノックダウンするための配列を発生中のニワトリの神経系に取り込ませることができます。このとき導入する神経を染色剤で標識しておくことで、軸索の形態を正常発生群と比較できます。
ここでは神経のネットワークを研究するためにラットの子の神経細胞を培養しています。数日後、細胞を固定しシナプスタンパク質の特異的抗体で染色します。この方法を利用して遺伝子を過剰発現させた状態や手を加えた培養条件下でのシナプス形成を定量することができます。
今日では、神経発生を誘導するために必要なプログラムが理解され、幹細胞のような初期胚細胞を強制的に分化させるin vitro実験が実施されています。ここでは、ヒト幹細胞をビタミンA誘導体であるレチノイン酸と共に培養しています。これにより幹細胞の個性を維持するための転写因子が抑制され、分化により神経系細胞のマーカーが強く発現しているのが確認できます。このテクニックとヒトの神経細胞を利用することで、神経疾患のメカニズム解明が期待されます。
ここまで、JoVE発生神経学入門編をご覧いただきました。このビデオでは、研究の歴史や鍵となる研究内容、そして実際に利用されている実験テクニックを紹介しました。ご覧いただきありがとうございました。
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